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【 序  章 】 希望を生み出す智恵

二十一世紀は厳しい時代です。
社会環境の悪化などで、生き抜くことが難しくなってきています。
日本では十年ほど前から、毎年、三万人を超える方が自殺をしています。
今も苦しみの真っ只中におられる方は、非常に多いのではないでしょうか。
このような時代だからこそ、この本を書きました。
たくましく生き抜くための、希望を生み出す智恵が必要だと思うからです。
希望を生み出す智恵によって、今まで見えていなかった多くの希望が見えてきます。
その見えてきた多くの希望によって、潜在能力が発揮されます。
その発揮される潜在能力によって、厳しい時代の中ででも、たくましく生き抜くことができるようになるからです。

人は希望がなければ力が出ませんし、生きてもいけません。
この本は、「 いのちの本当の姿 」 を明らかにしています。
この本を読み終わる頃には、あなたは想像すらしなかった自分の 「 いのち 」 の現実を知ることになるでしょう。
さらにこの本は、希望を生み出す智恵を湧き出させる方法も明らかにしています。
本来、あなたの 「 いのち 」 には、無限とも思える潜在能力が秘められています。
しかし、そのことを頭では分かっていたとしても、現実にそれを発揮するのは容易なことではありません。
希望を生み出す智恵を湧き出させる方法を知ることにより、あなたは容易に、無限とも思える潜在能力を発揮することができるようになるのです。

まず最初にあなたに考えてもらいたいのは、「 いのち 」 についてです。
私たちは環境との関わりの中で、苦しみや楽しみを感じています。
苦しみや楽しみを感じているのは 「 いのち 」 です。
その 「 いのち 」 をどのように考えるのか。
その考え方次第で、環境に対する感じ方がまったく変わってきます。
「 いのち 」 を正しく理解することで、多くの希望を生み出していけるのです。
「 いのち 」 が感じる苦しみについて、少し考えてみましょう。
「 四苦八苦 」 という言葉があります。

「 生苦 」     = 生まれてくることの苦しみ。
「 老苦 」    = 老いていくことの苦しみ。
「 病苦 」    = 病気になることの苦しみ。
「 死苦 」    = 死ぬことの苦しみ。
「 愛別離苦 」 = 愛するものと別れなければならない苦しみ。
「 怨憎会苦 」 = 怨み憎しむものと出会わなければならない苦しみ。
「 求不得苦 」 = 求めても得ることができない苦しみ
「 五盛陰苦 」 = 心身を形成する五陰の不調和による苦しみ。

前の 「 四苦 」 に後の 「 四苦 」 を加えて、「 四苦八苦 」 を表します。
この八苦は、私たちの 「 いのち 」 に最初から具わる苦しみです。
あなたの人生の中で、何度も訪れる苦しみです。
世界中のすべての人が、この八苦の苦しみを共通して持っています。
「 氷山の一角 」 という言葉があります。
海に浮かぶ氷山は、全体の 30 % しか海面に出ていません。
あとの 70 % は海面の下です。
私たちは 「 いのち 」 のことを、表面に現れた一部分しか理解できていません。
意識できる部分だけであり、あとの大部分を占める無意識の部分、つまり、意識で感じることができない部分は理解できていません。
「 いのち 」 のことをすべて理解できていないので、「 いのち 」 に具わる八苦の苦しみを克服することができないのです。

この八苦の苦しみを根本的に克服するために、出家をしたのが釈尊です。
二千四百年前、出家した釈尊は長い修行の末に悟りを得ます。
釈尊が悟ったもの、それは 「 いのちの本当の姿 」 です。
「 いのちの仕組み ・ 働き 」 です。
「 いのちの法則 」 を発見したといってもよいでしょう。
釈尊は 「 いのち 」 のことを 100 % 悟ったことで、八苦の苦しみを克服します。
そして、自分が獲得した最高の智恵と幸せな境涯を、他の人々にも獲得させようと、すべての人を仏にする、という誓いを立てます。
仏とは、「 いのち 」 のことを 100 % 悟った人をいいます。
釈尊は 「 いのちの本当の姿 」 を伝えるために、教えを説いていきました。
しかし、釈尊滅後の長い布教の歴史の中で、人間の執着心が誤解を生じさせます。
釈尊の教えが、誤った解釈で伝わってしまったのです。
現在多くの人は身内の死後、葬儀や法事などで形式化した仏教と接するのみです。
たとえ僧侶の修行に接しても、現実離れの、別世界の印象を強く受けます。
現実の生活を営む多くの人は、生き抜くために本当に必要な希望を生み出す智恵を、そこからは決して学べていないのです。
これは、「 いのちの本当の姿 」 が正確に伝わってこなかったのが原因です。
「 いのちの本当の姿 」 からは、多くの希望を生み出す智恵が学べます。
今も苦しみの真っ只中におられる方は、「 いのちの本当の姿 」 を学ばれることをお勧めします。
真剣に学び実践する中で、嘘のように苦しみが消えていくのが分かるでしょう。

釈尊は入滅の直前に説いた涅槃経に、次の教えを残しています。

【 涅槃経の如来性品 第四 に 】

○ 依法不依人 依義不依語 依智不依識 依了義経不依不了義経

○ 法に依りて人に依らず 義に依りて語に依らず
○ 智に依りて識に依らず 了義経に依りて不了義経に依らず


仏の説いた法をよりどころとし、教えを伝える人をよりどころとしてはいけない。
仏の義をよりどころとし、教えを伝える言葉をよりどころとしてはいけない。
仏の智恵をよりどころとし、教えを伝える知識をよりどころとしてはいけない。
仏の了義経をよりどころとし、不了義経をよりどころとしてはいけない。


「 法 」      = 仏が悟った 「 いのちの法則 」
「 人 」      = 法師 ・ 論師など仏の教えを伝え広める人。
「 義 」      = 真実、道理
「 了義経 」   = 真実の教えを説いた経典。
「 不了義経 」 = 真実の教えを説いていない方便の経典。
「 方便 」    = 真実の教えに誘い入れるために仮に設けた教えのこと。

長い布教の歴史の中で、真実の教えと方便の教えが混在して広まりました。
その間、多くの人が八苦の苦しみを克服するために、仏の教えを学んできました。
しかし、学んできた教えが方便の教えであれば、八苦の苦しみは克服されません。
八苦の苦しみを克服する仏の真実の教えは、法華経の中で初めて説かれるのです。
真実の教えと方便の教えは、まったく性質が異なります。
方便の教えに執着してしまった人々が、不可思議な 「 いのちの本当の姿 」 を受け入れられずに、誤った解釈を伝えてしまったのです。
仏の真実の教えを伝えていくのは人です。
ゆえに人は尊いのですが、誤って伝えてしまうのも人です。
それが分かっていたからこそ、釈尊は涅槃経で遺言とも思える教えを残したのです。

この本では、法華経の中での釈尊の説法を抜粋して紹介しています。
漢語に翻訳された言葉、読み下し文、現代語訳、解説を記載しています。
仏の教えに関して誤った解釈が主流となっている現在、仏の真実の教えを知るには、了義経から直接学ぶ以外にありません。
漢字はその一語一語に意味を持っています。
昔から漢字に慣れ親しんでいる私たちにとって、了義経から直接 「 いのちの本当の姿 」 を学ぶことは、難しいことではありません。
漢語に翻訳された言葉、読み下し文は、文章を緑色にして、行の頭に○を付けています。
最初は、○の付いていない現代語訳と解説を最後まで読まれることをお勧めします。
法華経で初めて明かされる釈尊の真意を理解されたのちに、漢語と読み下し文を読まれると、仏の真実の教えが理解しやすくなります。
第一章では、釈尊がこの世に出現した目的は、「 いのちの本当の姿 」 を伝える法華経を説き、人々に八苦の苦しみを克服させて、仏に成るための道を歩ませるためであったこと。
その準備段階として、方便の教えがあったこと。
これらを釈尊の説法を紹介しながら証明しています。
第二章では、末法と呼ばれる現在において、私たちが学び実践すべき法華経を、仏の説法を紹介しながら明らかにしています。

私はごく普通の平凡な会社員ですが、
ある時期に大きな問題を抱えて悩み苦しんだことで、生きる意味を真剣に考えるようになりました。
縁あって法華経を学び、その実践を通して、「 いのちの本当の姿 」 の一部分を全身で感じた時に、環境に対する感じ方がまったく変わってきたのです。
苦しみが消えていき、自分の環境のすべてを肯定できるようになりました。
すべての出来事には意味があることを理解できたからです。
不安定だった心が安定し、残りの人生の 「 いのちの使い道 」 が見えてきました。
それは 「 いのちの本当の姿 」 を伝え広めることです。
その使命を自覚するために、今までの人生があったのだと思えますし、その使命を果たすために、これからの人生があるのだと思えます。
何のために生まれてきたのかが理解でき、使命に生きる人生。
これほどの幸せな人生が他にあるでしょうか。
生まれてきてよかったと、両親に感謝します。

法華経によって使命を自覚し、行動を起こしている人は世界中に大勢います。
世界の 192 の国や地域の人々が、それぞれの人生で、苦しみを使命に変える仏の智恵を伝え広めています。
人は使命に生きる時、無限とも思える潜在能力を発揮できるからです。
この本の出版は、私の使命実現の最初の一歩です。
私なりに一番理解しやすいと思われる方法で、法華経を表現してみました。
初めての出版でもあり、いくつかの誤りが含まれているかもしれませんが、仏の真実の教えは充分に表現されていると信じます。
この本を手にしていただいた読者の方々が、法華経を学ぶことで 「 いのちの本当の姿 」 を理解され、今を精一杯生き抜いていただくことが私の願いです。

                                          平成22年11月18日  井手 誓願

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